看護師免許の歴史

キリスト教の修道女や修道士が病人を集めて手助けをしたというのが、看護の仕事の始まりといわれています。
しかしそれはあくまでも慈善事業であり、基本的に看護行為は家族や使用人が行うのが一般的だったため、看護を専門として行う職業は存在しませんでした。

19世紀半ばのクリミア戦争で従軍看護婦として働いたナイチンゲールは、その経験から専門に看護を請け負う仕事の必要性を痛切に感じ、『看護覚え書き』という本を著して、看護のあり方や思想をまとめ、看護という職業の定義を定めました。
その後、ロンドンで看護婦養成のための学校を設立。
ナイチンゲール式看護教育と呼ばれる看護師養成法を確立し、世界に看護の仕事を普及することに貢献しました。

日本における看護師免許の歴史を振り返ってみましょう。
同様に看護の仕事が存在しなかった日本では、開国後に西洋式の医療のシステムが導入されると、明治20年前後にはナイチンゲール式看護教育法も取り入れられました。
しかし、医師の助手的な役割であることや、女性が就く仕事であることなどから軽視され、その後30年近く看護婦という職業が制度化されることがありませんでした。

1915(大正4)年、「看護婦規則」が制定され、ようやく看護婦という名称や看護婦が行うことのできる職務内容、修めるべき教育や免許に関する規則ができました。
この「看護婦規則」で定められた看護婦免許は、国家資格ではなく地方長官にが与える免許で、看護婦になれるのは女性だけでした。

現代の看護師の職務内容や資格になったのは、太平洋戦争が終結した1948(昭和23)年にアメリカの指導の下、「保健婦助産婦看護婦法」が制定されてからです。
これにより、看護婦の資格は国家資格となり、看護婦免許の取得には国家試験を受けることが必須となりました。
2002(平成14)年には「保健師助産師看護師法」と改められ、看護婦・看護士の呼称は看護師に統一されました。

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