看護師資格の歴史

近代看護教育の生みの親と呼ばれるナイチンゲールは、古代ギリシアの医師ヒポクラティスと並び称される医学界の偉人です。
「医学の父」が紀元前400年に登場していたにもかかわらず、「看護の母」の登場が19世紀半ばとはずいぶん遅く感じるかもしれません。
それだけ「看護」というものが学問として確立したのは遅かったのです。
当然、看護師資格の歴史の始まりも近代に入ってからとなります。

日本では1886(明治19)年、日本赤十字社が救護看護師の養成のために博愛社病院(現、日本赤十字社医療センター)を設立。
1890(明治23)年よりナイチンゲール式看護教育を取り入れて看護婦養成教育が始まります。
その後、太平洋戦争の終結する1945(昭和20)年までの間、博愛社病院で看護婦教育が手がけられてきました。

看護師資格が国家試験となったのは、1948(昭和23)年に保健師と助産師、看護師の資質向上と医療普及をめざして「保健婦助産婦看護婦法(現、保健師助産師看護師法)」が制定されてからです。
その後1950(昭和25)年に第1回看護師国家試験が開始されました。

2002(平成14)年、これまでの「保健婦助産婦看護婦法」が「保健師助産師看護師法」に改められました。
それまで看護の仕事は女性の看護人を呼ぶ「看護婦」にたいし、男性の看護人はそれを準用して「看護士」と称していましたが、この後より男女ともに「看護師」となることが制定されました。
それに伴い、看護婦長(婦長)といった役職名も看護師長(師長)と改められました。

2008(平成20)年には、フィリピンとインドネシアから、現地の看護師国家資格取得者の看護師候補の受け入れが承認されました。
これにより、多くの看護師候補者が日本の看護師国家試験を受験し、2010(平成22)年には初めての合格者が誕生しました。
言葉の壁があるとはいえ、外国からの受験者の意欲は大きく、今後も合格者は増えていくと思われます。

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